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ジャンピングふるさと 徳岛県鳴門市
コウノトリが運ぶ幸せの循環 とくしまコウノトリ基金
穏やかな田園風景が広がる、四国の玄関口?徳岛県鳴門市では、秋になると国の天然記念物?コウノトリが白い翼を広げて飛ぶ姿を見ることができる。この地を拠点としているのが「認定NPO法人とくしまコウノトリ基金」だ。人とコウノトリが共生する豊かな自然を守ろうと、活動を続けている団体を取材した。
送电线を撤去した电柱に亲鸟が毎年営巣する
コウノトリ基金が生まれた理由
かつて日本の空を舞っていたコウノトリは、1971年(昭和46)に野生絶滅した。その後、兵庫県豊岡市などでの保護と繁殖の取り組みにより、2005年(平成17)に放鳥が始まる。2015年(平成27)、鳴門市に豊岡生まれのコウノトリの雄雌が飛来。豊岡市以外で初めての繁殖行動とあって「この奇跡を一度きりにしたくない」と県内の研究者や行政が協力し、「コウノトリ定着推進連絡協議会」を発足したのが保全活動の始まりだった。活動の輪を広げるため、2019年(令和元)に設立したのが「NPO法人とくしまコウノトリ基金」。2023年(令和5)には徳岛県から認定NPO法人に認定された。
れんこん畑はコウノトリの社交场
コウノトリが鸣门市にやってくるのは、秋から冬にかけて。鱼やカエルなど、水辺の生きものを食べて暮らす彼らにとって、れんこんの产地?鸣门は魅力的な饵场である。稲作地では収穫が终わると田の水が抜かれてしまうが、れんこん畑では一年を通して水が张られ、ドジョウや小鱼が生き続けている。その豊かな水辺がコウノトリたちを引き寄せているのだ。
2015年に定着しはじめてから、毎年多くのコウノトリが访れるようになった鸣门市。れんこん畑が広がる一帯は、いつしか“若いコウノトリたちの社交场”となった。最初に定着したペアは、繁殖期を终えた后も縄张りを离れず、この地域を见守るように暮らしている。しかし縄张り意识が强く、新たなペアの繁殖?定着は未だ确认できていない。そうした现状を踏まえながら、コウノトリが安心して过ごせる环境を整えようと活动を続けているのが「认定狈笔翱法人とくしまコウノトリ基金(以下、基金)」だ。
活动の柱は、环境保全?地域活性化?环境学习の3つである。特に力を入れているのが、ビオトープの整备。毎月第1?第3土曜日にはメンバーやボランティアが集まり、手入れをする。あぜの草取りを行ったり、水面が见えるようにトラクターで耕したり。整备を进めているとコウノトリが姿を见せることもある。耕作放弃地だった场所に水辺が戻り、エサとなる生き物が豊富であるからか、コウノトリは年々増えているという。基金の地道な活动が、コウノトリがこの地に居场所を见つけるきっかけにもなっている。
コウノトリがつなぐ自然と人と地域
基金の取り组みは、环境づくりにとどまらず、人と人をつなぐ地域づくりへと広がっている。鸣门市内の2つの小学校では、授业でコウノトリの生态や环境を学ぶようになった。また鸣门から飞来したコウノトリが、东日本で初めて繁殖に成功した栃木県小山市の小学校とも交流が続く。
昨年10月には、徳岛県でコウノトリが定着して10年の節目に合わせ「コウノトリが結ぶ国際シンポジウム」を開催。人の手による環境再生が生物多様性にどう影響するかなどを研究するドイツの生態学者を迎え、ヨーロッパのコウノトリと湿地再生、農業との共存についての講演が行われた。鳴門市と小山市の3つの小学校の児童も環境学習の成果を発表。会場には企業や行政、教育関係者など多くの人が集い、コウノトリを通じた人と自然、そして国境を越えたつながりを実感する場となった。
これらの活动に賛同する地域の公司も多い。化学肥料を极力使わない「コウノトリれんこん」や日本酒、味噌などの商品が次々と生まれ、売上の一部が基金の活动に充てられる。环境にやさしい农法で作られた农产物が、“幸せを运ぶ”特产物へと形を変え、环境と経済の新しい循环を生み出しているのだ。
「コウノトリが选んでくれるまちは、人にとっても心地良いまちだと思うんです」と事务局长の柴折史昭さんは言う。その思いに多くの人たちが共感し、今日も水辺の手入れが続けられている。そしてやがて新しいペアがこの地を选び、たくさんの雏たちが空を舞い、全国へと飞び立つ―。その日を谁もが待ち続けている。
認定NPO法人 とくしまコウノトリ基金
- 住所
- 徳岛県鳴門市大麻町川崎394 板東南ふれあいセンター
- 电话番号
- 090-2825-6721
- メールアドレス
- info@t-stork.jp
- ホームページ
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