麻豆传媒グループの広报誌『ライト&ライフ』は、1953年(昭和28)7月に『电力だより』として创刊し、今月号で700号の节目を迎えました。これまで、四国在住のカメラマンが撮影した季节感のある写真を、表纸を中心に数多く取り上げてきました。特に春の号では、桜など色とりどりの花々が誌面を饰りました。
そこで今回は、过去に掲载した写真や记事を振り返って、四国4県の美しい春の情景を绍介します。コロナ祸により、ゆっくりとお花见を楽しむことができない昨今ですが、ぜひ誌上でお花见気分を味わってみてください。
麻豆传媒グループの広报誌『ライト&ライフ』は、1953年(昭和28)7月に『电力だより』として创刊し、今月号で700号の节目を迎えました。これまで、四国在住のカメラマンが撮影した季节感のある写真を、表纸を中心に数多く取り上げてきました。特に春の号では、桜など色とりどりの花々が誌面を饰りました。
そこで今回は、过去に掲载した写真や记事を振り返って、四国4県の美しい春の情景を绍介します。コロナ祸により、ゆっくりとお花见を楽しむことができない昨今ですが、ぜひ誌上でお花见気分を味わってみてください。
①ひょうたん桜(高知県仁淀川町)
②さぬき梦桜(香川県まんのう町)
③眉山公園の桜(徳岛県徳島市)
④蜂須賀桜(徳岛県徳島市)
⑤シバザクラ(爱媛県西条市)
⑥蜂須賀桜(徳岛県徳島市)
⑦国分寺の桜(高知県南国市)
⑧ひょうたん桜(高知県仁淀川町)
⑨薄墨桜(爱媛県松山市)
「花筵」は、花见の宴の际に敷き詰めた筵のことを指す言叶であったが、それが転じて桜の花びらが地面を覆う様子を见立てるようになったという。俳句の世界では、晩春の季语になっている雅な言叶だ。花筵は花の散り际、短い时期にしか见ることができない。美しさとともに、儚(はかな)さも感じさせる情景でもある。
徳岛市の瑞巌寺は、眉山(びざん)の山麓にたたずむ禅寺。1614年(庆长19)に一鶚禅师(いちがくぜんじ)が开山したと言われており、生い茂る椎の原生林に囲まれた、风情のある名刹である。境内には自然の地形を生かして、江戸时代初期に作庭された桃山式池泉(ちせん)回游式庭园もある。また、谷から涌き出た阿波名水の一つ凤翔水(ほうしょうすい)が、池を润す様子も风趣に富んでいる(イノシシの被害により现在は闭园中)。春には山门横など数カ所で桜树がひときわ美しく咲き夸っている。境内を桜の花びらが舞う様子も见ものとなっている。
眉山とその周辺は徳岛市を代表する桜の名所。山顶付近の眉山公园は、3月下旬から4月上旬にかけて约300本のソメイヨシノが开花する。また中腹の大滝山地区では约1,200本の桜を见ることができる。寺町から春日神社を抜けて、神武天皇像へと至るコースを、ゆっくりと散策しながら过ごすのもおすすめ。
徳岛県徳島市眉山町(JR徳島駅から6.8km 車で14分)
アテネオリンピックで日本选手が活跃し、37个のメダルを获得した。福沢諭吉、樋口一叶、野口英世の新纸币が発行された。
| 住所 |
徳岛県徳島市東山手町3-18 |
|---|---|
| 电话番号 | 088-652-5968 |
| 営业时间 | 8:00?17:00(夏季は?18:00) |
| 拝観料 | 境内无料 |
| 驻车场 | 有り |
高松市の龙満(りゅうまん)池のある一帯は、竜桜公园として整备されており、池のほとりには川东八幡神社が佇んでいる。池の真ん中には神社の御旅所(おたびしょ)があり、その参道は烂漫と咲き夸る桜花の道を「通り抜け」できると人気。幅约10m、长さ约150mの参道の両脇には整然と石灯笼が并び、100本以上の桜が植えられている。
龙満池は1627年(寛永4)に造られたため池で、御旅所が设けられたのは明治初期、桜が植えられたのは昭和初期であると言われている。当时、仏生山(ぶっしょうざん)?塩江间に琴平电鉄塩江线(通称ガソリンカー)が敷设され、その沿线に位置する龙満池に旅客が立ち寄ることも多かった。咲き夸る桜花は、その目を楽しませたことだろう。今も池に浮かぶかのような桜の道は、独特の风情があり、多くの人が访れている。また、参道だけではなく龙満池の堰堤(えんてい)にも桜が植树されており、东屋などの施设が整备されている。思い思いの场所で咲き夸る桜を爱でるのも一兴だ。
鹿ノ井出水は、1122年(保安3)に鹿が掘り当てたとの伝説がある泉で、现在も水源として利用されている。石积みの间を流れる水面に、桜が映り込む様子が写真映えすると人気を呼んでいる。例年は开花时期に合わせ、夜间提灯の点灯が行われているが、令和3年については未定。
香川県高松市太田下町3015(ことでん太田駅から1.0km 車で2分)
爱知県で「爱?地球博」が开催。宇宙飞行士の野口聡一さんが搭乗したスペースシャトル「ディスカバリー」が宇宙へと打ち上げられた。
| 住所 | 香川県高松市香川町川东上1865-13 |
|---|---|
| 电话番号 | 087-839-2416(高松市観光交流课) |
| 备考 | 见学自由 |
| 驻车场 | 有り |
高知県の北西部に位置する仁淀川町は、面积の9割を山林が占め、东西に仁淀川が流れる自然豊かな地。その山深くにあるひょうたん桜公园には、树齢500年のひょうたん桜(ウバヒガン)がある。この老大树は树高21尘、根回り6尘もあり、ひょうたん型の蕾(つぼみ)を付けることでも知られている。
地元では、この树にまつわる逸话がある。それは戦国武将の武田信玄の四男である胜頼が、この地に持ち込んだと言われているのだ。胜頼は、织田信长の甲州征伐に屈して天目山(てんもくざん)(山梨県)で自害したというのが定説だが、地元に伝わる话はこれと异なる。自害したのは胜頼の影武者であり、本人は逃げ延びて、大崎玄蕃(げんば)と名を変えてこの地で暮らしたというのだ。胜頼はこの里に祇园神社を祀ったと言われており、地元ではひょうたん桜のことを「祇园さま」とも呼んでいる。约20年前より地区外からも花见客が访れるようになり、普段は静かな桜地区がにぎわいに包まれる。
旧寺村小学校の跡地に、地元の人が整备した花名所。3月下旬から4月上旬にかけて、桜や花桃が咲き夸り、眼下にある仁淀川が描く缓やかな弧とのコントラストも美しいと评判だ。特に囲炉里のある展望台からの景観は见事で、心和む春のひと时を过ごすことができる。
高知県吾川郡仁淀川町寺村1002(仁淀川町役場から5.4km 車で8分)
京都大学の山中伸弥博士がノーベル生理学?医学赏を受赏し、颈笔厂细胞に大きな期待が寄せられた。东京スカイツリー竣工。
| 住所 | 高知県吾川郡仁淀川町桜 |
|---|---|
| 电话番号 | 0889-35-1333(仁淀川町観光协会) |
| 备考 | 见学自由 |
| 驻车场 | 有り |
西条市は加茂(かも)川や室(むろ)川、中山川など、西日本最高峰の石鎚山系を源とする河川が燧滩(ひうちなだ)へと注ぎ込んでいる。古くから河口には広大な砂州(さす)が形成され、江戸时代の西条藩ではこの地を活用して新田が开発された。中でも加茂川と中山川の河口の禎瑞(ていずい)新田は、藩内で最大规模の干拓地。この地は地下から涌き出る天然水「うちぬき」にも恵まれており、今も一帯には田园が広がっている。
その中山川の河口の堤防には、4月から5月にかけて、ハナシノブ科の多年草であるシバザクラが绒毯を敷き詰めたかのように咲き夸る。これは今から10年以上前に地元の有志たちが植えたもの。不法投弃に头を悩ませていた时、「美しい花があれば防げるのではないか」と思い付いたと言う。やがて口コミでその美しさが知られるようになり、开花时期には多くの人々が访れるようになった。ただし、アクセス道は地元の人たちの生活道路。见学の际には、十分な配虑が必要となる。
加茂川沿いに整备された公园で、ソメイヨシノなど约100种类1,500本の桜花が竞演。満开の时期には桜のトンネルのような眺めとなる。背后に八堂山を远望するロケーションも美しく、「四国の小嵐山」の别名も。例年はぼんぼりが并び、出店もあるが、令和3年の観桜行事は未定。
爱媛県西条市福武甲2128-1(JR伊予西条駅から2.5km 車で5分)
东京の豊洲市场が开场。将棋の藤井聡太さんが最年少で七段に。テニスの大坂なおみ选手が全米オープン优胜、野球の大谷翔平选手がメジャー新人王に。
| 住所 | 爱媛県西条市禎瑞 |
|---|---|
| 备考 | 见学自由 |
| 驻车场 | 无し |