&别尘蝉辫;「そらの郷」では、急な斜面をそのまま农地として活用している。10世帯ほどが生活しているつるぎ町猿饲(さるかい)集落は、倾斜地农业が受け継がれている地域の一つ。标高300メートルの山间にある畑では、西冈田治岂(にしおかだはるき)さん、节子さん夫妻がそばや野菜の栽培を行っている。西冈田さんのそば畑は、倾斜が25度以上もあり、顶上に立つと転がり落ちそうになる。しかも足场はフカフカと软らかく、一歩踏み出すのもためらわれるほどだ。「この软らかな土は、耕しやすい反面、雨が降ると流れてしまうという欠点があります」と治岂さん。
&别尘蝉辫;倾斜地の农业といえば棚田や段畑が知られているが、「そらの郷」には石积みをしている田畑は少ない。その理由はこの土壌の软らかさにある。水を吸収しやすいため、雨や风を受けると石积みが崩落してしまうのだ。そのことに気付いた先人たちは、茅を土の中にすき込んで土留め(どどめ)に使ったという。茅は肥料にもなるため一石二鸟。先人の知恵が生み出した独自の手法だ。
&别尘蝉辫;そばは8月末に种を蒔き、収穫は11月初旬。そばが终われば、玉ねぎや绢さや、大根、白菜、シシトウなどを栽培している。植え付けや収穫の际には、ご近所の方が手伝いにきてくれる。节子さんら女性阵が刈り取ったそばは、治岂さんが集めて、背负子(しょいこ)に载せて运ぶ。不惯れな人は転げ落ちてしまいそうな急倾斜地も、治岂さんにとっては惯れ亲しんだ场所。その达者な足取りからは、50年の年季が感じられた。
お互いの身体を思いやりながら、急倾斜地での农作业に勤しむ西冈田さん夫妻
「子どもが幼い顷は、その辺で游ばせていましたが、転げ落ちた子はいませんよ」と话しながら作业をする治岂さん
白く、可怜な花が満开となったそば畑。开花时期に合わせて、入园料500円で一般の方の见学を受け入れている
急倾斜地のそば畑は山间にあるが、日当たりがよく、作物の栽培に适している
収穫作业の合间に、茶菓をいただきながら一服。昔ながらのコミュニティーが、地域の営みを支えている
刈り取ったそばは、约2週间、「ハデ掛け」により乾燥させる。その后、叩いて落とした実を锅で炊き、ムシロで乾かして脱穀乾燥したものが、ご当地食材の「そば米」
&别尘蝉辫;倾斜地农业には独特の农具が使われている。茅で抑えきれず下部に流れ落ちた土を元に戻すための作业に用いられる「サラエ」、畑を深く耕すための「テンガ」や「フタツバ」、雑草取りや作物収穫に使用する「ササバ」や「ミツゴ」などだ。これらの农具を作っているのが、つるぎ町明谷(みょうだに)集落の大森豊春(とよはる)さんだ。大森さんは农村を支える野锻冶(のかじ)である。
&别尘蝉辫;野锻冶とは农具や山林刃物、包丁など暮らしに欠かせない刃物を作る职人のことで、かつては『集落毎に锻冶屋がある』といわれるほど、多くの职人がいた。若き日に高知県内で土佐打刃物の职人に技术を教えてもらった大森さんは、今や「そらの郷」でただひとりの野锻冶として注文や修理をこなしている。
&别尘蝉辫;农具は、コークスの炎で钢や鉄を溶かして、槌で叩いて成形する。樫の木などを用いる农具の柄も自作しており、年间300本ほどを製造している。「急倾斜地の农业を支えるために、これからも顽张っていきたい」と话す大森さんは、山间にカンカンと槌音を响かせている。
サラエにより、流れた土をすくい上げる作业。急倾斜地ならではの光景だ
大森さんが作った农具の一例。左からササバ、フタツバ、テンガ、サラエ
成形は経験だけが頼り。特に図面などは用意していないが、ひと槌ごとに形が作られていく
&别尘蝉辫;世界农业遗产认定においては、地域に受け継がれている伝统行事も评価の対象となった。旧暦6月25日(今年は8月6日)に叁好市西祖谷山村の善徳天満宫神社で行われている「西祖谷の神代踊(じんだいおどり)」は、1,100年以上前の雨乞いが起源とされている。国の重要无形民俗文化财に指定されており、集落の人々が法螺贝(ほらがい)や太鼓、鉦(かね)に合わせ轮になって踊るというもの。平成29年には叁好市立櫟生(いちう)小学校の全校児童も祭りに参加して大いに賑わった。「初の试みでしたが、とても华やぎました。ぜひ、これからも子どもたちに参加してほしい」と西祖谷山村神代おどり保存会の平冈忠仪(ただよし)会长は颜をほころばせる。
国の重要无形民俗文化财に指定されている「西祖谷の神代踊」。女性は揃いの浴衣に、美しい花笠を身につけて踊る
不思议なことに踊りの最中に雨が降り出すことが多いという。平成29年も、全员が轮になって踊っていると雨が降り始めた
老翁や天狗、狮子の面を付けた踊り手が、露払い役として先阵を切って踊る
&别尘蝉辫;そば农家の西冈田さん夫妻が暮らす猿饲集落では、いったんは休止された伝统行事が復活した。同じように子どもたちが盛り上げに一役买う「お亥の子さん(おいのこさん)」だ。猿饲の名物や名所を歌い込んだ「亥の子歌」に合わせて、子どもたちがカズラを结びつけた「タテヅキ(木の干)」を上下に动かして五穀豊穣を祈愿する伝统行事だ。150年以上前から行われていたが、平成3年に端山(はばやま)小学校?猿饲分校が休校(后に廃校)になり、取りやめとなった。その復活を愿った西冈田さんら住民は、「何とかもう一度お亥の子さんを」と自治体に働きかけて、平成27年に贞光(さだみつ)小学校の协力を得て再び行われるようになった。
&别尘蝉辫;旧分校の校庭や集落の家々を回り、家の縁侧では、「イイチンタラ」と呼ばれる道具を叩きつける。タテヅキやイイチンタラも、治岂さんがこの日のために用意したものだ。「子どもたちの元気な声が、日顷の苦労を吹き飞ばしてくれます」と治岂さん。大役を终えて、节子さんお手製の「そば寿司」を頬张る子どもたちも、「みんなで练习した歌を上手に歌えて良かった」と満足そうだ。そこには「そらの郷」の伝统行事を受け継いでいこうとする子どもたちの姿があった。
长さ35㎝ほどの樫の木の干に、放射状にカズラを结びつけたタテヅキ。子どもたちは「亥の子歌」に合わせてカズラを上下させ、タテヅキを地面に叩きつける
里芋の茎を荒縄でぐるぐる巻きにしたイイチンタラで縁侧を叩き、五穀豊穣を祈愿する
大役を终えた子どもたちは、そば米の食感が「プチプチとしておいしい」と大喜び
そば米を白米に混ぜたそば寿司。「亥の子寿司」とも呼ばれている。ハレの日のご驰走だ
&别尘蝉辫;认定への活动は、平成26年7月に「そらの郷」の2市2町(美马市、叁好市、つるぎ町、东みよし町)とJA美马、JA阿波みよしが「徳岛剣山世界农业遗产推进协议会」を设立したことから始まった。そこで事务局があるつるぎ町役场商工観光课を访ねて、认定に尽力した大岛理仁(まさひと)课长补佐の话をうかがった。
&别尘蝉辫;先人の素晴らしい知恵や独特の文化を未来に継承していくために、「世界农业遗产の认定により、国内外から山间の农业文化が见直されて、地域にもう一度光を取り戻したい」と考えたのがきっかけです。
&别尘蝉辫;地元の农业の素晴らしさを知り、世界农业遗产认定への気运を高めることです。「そらの郷」は広域ですし、认定の基準は多岐にわたっています。たくさんの方に「认定を目指す」という想いを持ってもらうために、平成27年3月に、つるぎ町で住民に向けてのシンポジムを开催しました。これを皮切りに、2年间で5回実施しました。また、倾斜地农业を知ってもらうために、そば畑の见学ツアーも企画。そばの花が咲く10月、20日间で100人以上が参加し、倾斜地农业の様子を知っていただくことができました。こうした取り组みを経て、平成29年3月に农林水产省の日本农业遗产认定地域となり、その1年后に世界农业遗产に认定されたときには、皆で喜びを分かち合うことができました。
&别尘蝉辫;最大の悬案は后継者问题。农业や野锻冶、伝统行事を未来につないでいくために、协议会ではUターンやIターンの促进に力を入れていこうとしています。また、「そらの郷」の応援団ともいえる「地域のパートナー」を募集しています。
&别尘蝉辫;地区内外の公司や団体が「地域のパートナー」として登録し、「そらの郷」の営みをさまざまな形で活用していただく制度です。ある公司では、新人研修として农业体験を行いました。これにより农家は农业の魅力を伝えることができ、公司侧は社员の育成に役立てることができました。
&别尘蝉辫;また、パートナーの一つである大阪コミュニケーションアート専门学校の学生は、倾斜地农业のPR映像を制作してくれました。こうしたサポートを力にして、「そらの郷」の営みを未来へとつなげていきたいと考えています。
● 徳島剣山世界農業遺産推進協議会事務局(つるぎ町役場商工観光課内)
| 住所 |
徳岛県美馬郡つるぎ町貞光字東浦1-3 |
|---|---|
| 电话番号 | 0883-62-3111 |